市川海老蔵ブログ kokoroの最新版で浮上する疑問!英訳のブログ KOKOROは何のためにあるのか?!
- 2017/7/26
- 麻央さんの思い出。

小林麻央さんが綴ったブログ KOKOROの英訳が始まり、しばらくが経過しました。
私は翻訳サイトを別画面で起動し、英訳されたブログ KOKOROを和訳しながら読み、彼女が生きてきた証を振り返っています。
しかし小林麻央さんのブログ KOKOROの最新版が更新され、それに対して市川海老蔵さんがコメント・・・そんな繰り返しを見ているうちに、ちょっとした疑問を感じ始めてきたのです。
市川海老蔵 ブログ KOKORO最新版でのリブログ!
7月25日・・・市川海老蔵さんは、小林麻央さんの最新のブログ KOKOROにリブログしています。
それはブログ KOKOROが英訳されてから、ずっと続いているのですが・・・少し不安なことがあります。
毎日泣かない日がないと言われている市川海老蔵さんですが、小林麻央さんのブログ KOKOROをリブログする時は、いつも昔を思い出し・・・悲しみ・・・そして自分を責めているのです。
市川海老蔵さんがブログ KOKOROをリブログする時は、アメンバー限定記事であることが多いため引用はできませんが、当時を思い出して自分を責める内容が多いように思えます。
そこで私は思いました。
ブログ KOKOROのリブログは素晴らしいことだと思います。
でも、それは小林麻央さんが残した生きた証を世界に広げるために始めたことではないでしょうか?
市川海老蔵さんや小林麻耶さん当時の気持ちを振り返り、自分を責めて・・・更に悲しみを増すために始めたものではないはずなのです。
私も最初は英訳された小林麻央さんのブログ KOKOROの最新版を読んで、よみがえる悲しみを痛感していました。
例えは悪いかもしれませんが・・・私は以前の恋人とのことを思い出すことがたまにあります。
人間というのは都合がいい生き物で、その時は辛くても時間が解決することってありますよね?
何年も何十年も経つと、記憶にあるのは楽しい思い出ばかり・・・涙が出るほど辛かった悲しい思い出は出来事こそは覚えていますが、悲しみは忘れているのです。
でも、市川海老蔵さんがブログ KOKOROの最新版をリブログしている内容からは、素敵な思い出というよりは、気付いてあげられなかった自分を責めているようにしか思えないのです。
そして、最近になって気になることがもう一つあります。
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市川海老蔵の最新版のブログ KOKOROのリブログで気づいたこと!
大したことではないかもしれません。
ただ、個人的に気になったのは、ブログ KOKOROの英訳が始まったときよりも、英語のコメントが減っているように思えるのです。
どういうことか?
日本でのブログ KOKOROの読者(登録数ではなく、見ている人の数)が減少しているのは予想できます。
小林麻央さんの死去から時間が経っていることもありますし、日本のスマホユーザーが空き時間に英訳版のブログ KOKOROを開いたところで、多くの人には和訳できずに意味不明の文字の羅列で終ってしまうからです。
それはある程度予想していました。
ですが、世界の反応も少なくなってきているように思えるのです。
具体的に数を数えたわけではないのですが、ブログ KOKORO最新版の「Sky」では英語のコメントがほとんどなかったように思えます。
『別にいいじゃないか?』と言われそうですが・・・確かにそうかもしれまえん。
ただし、世界の注目が少なくなった場合、本来のブログ KOKORO英訳の目的とは離れてしまうような気がするのです。
捻くれた人は広告収入が市川海老蔵さんへ・・・と考えるでしょうが、私はそんなことどうでもいいです!!
一番気がかりなのが、市川海老蔵さんがブログ KOKOROの英訳を見るたびに悲しみのどん底に落ちてしまうのではないか??ということです。
辛いのは分かります・・・理解できるレベルの悲しみではないことも・・・。
でも、麗禾ちゃんや勸玄くんのためにも、市川海老蔵さんは前に進む必要があるのです。
ブログ KOKOROを英訳のプロジェクトは素晴らしいと思います!!
でも、世間の反応が乏しく、市川海老蔵さんの悲しみだけが増すようであれば・・・私はどうなんだろう・・・と思ってしまいました。
ブログ KOKOROの英訳・・・いつかは終わるでしょう。
そして市川海老蔵さんは新しいブログの立ち上げも考えていると言っていました。
そのブログは悲しみに包まれるものではなく、前に進む!!そんなブログであることを願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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